今日はサイエンスライターの鈴木祐さんが書いた「無 -最高の状態-」という本を紹介します。この本では怒りや不安、孤独、自責などの苦しみから、自らを解放する科学的メソッドが紹介されています。

私も以前からマインドフルネス瞑想に興味を持っていて、「自分」という意識は脳が作り出した幻想なのではないかと考えることがあるのですが、この本ではそのあたりのことについて分かりやすく説明してくれています。

さっそくこの本のエッセンスを紹介していきたいと思います。

苦しみを生むメカニズム

重要なプレゼンや、新生活の始まりなど、私たちの人生では不安を感じることがたくさんあります。また、他人に気を遣って気疲れしやすい人や、生きる意味を感じられない人、人生に充実感を感じられない人、他人からの何気ない言葉に傷ついてその嫌なことが頭から離れない人など、現代には“生きづらさ”を感じている人が多くいます。

このような苦しみ、生きづらさは脳が必要以上に悪いことを想定してしまうから生じると著者は言います。我々の脳は、嫌なことはいつまでも覚えているのに、楽しかったことはすぐに忘れる傾向があります。嫌なことを覚えておくのは、進化の過程で危険を回避するために必要な能力だったからです。古代の環境では外敵による捕食や飢餓、伝染病、暴力などが日常茶飯事だったでしょうから、そのような脅威に満ちた環境を生き抜くには、できるだけ臆病になるのが最適解だったというわけです。つまりネガティブな情報を敏感に察知し、その記憶を長く保てた個体ほど生存に有利だったのでしょう。これは納得のいく説明だと感じました。

仏教の創始者ゴータマ・ブッダは「人生は苦である」と言っています。「苦」とは虚しさ、不快さ、思い通りにいかないことへの苛立ちなど、我々が感じる様々なネガティブな感情のことです。さらにブッダは「一般の人と仏弟子の違いとは、“二の矢”が刺さるか否かだ」と言っています。修行を積んだ仏弟子でも嫌なことが起こればネガティブな感情は起こります。でも一般の人との違いはそれ以上思い悩むことがない点にあります。一般の人は悪いことが起こったあとも、「なぜそんなことが起こったのか?」「あいつが悪い」など、起こったことを思い悩むため、苦しみを持続させてしまうのです。これがブッダの言う「“二の矢”が刺さる」ということです。

私たちの怒りは6秒しか持続しないことが心理学の研究から分かっているそうですが、多くの人は自ら“二の矢”を自分に刺すことで、悩みや怒りの感情を持ち続け、自分で苦しんでいるのです。

人間は進化の過程で、過去のことを思い返したり、未来に起こることを予測する能力を持つようになりました。それが人類の発展に役立ったのは間違いないけど、それが同時に自分のことを苦しめることになっているわけです。過去の後悔や未来の不安といった形で、放っておけば消えてなくなるネガティブな感情を持続させ、苦しみを生み出してしまうのです。これが現代人が陥っている不安や苦しみ、生きづらさの原因だと考えられます。

「自己」が苦しみを生み出す

私たちが苦しみを感じる場面には必ず「自己」が顔を出してきます。何か悪いことがあれば、「私は悪くない」「私が損をするのは理不尽だ」「(私ではなく)相手のせいでこうなった」と考えてしまう人も多いでしょう。ネガティブな思考はすべて「自己」をベースにして広がっていくと言ってもいいかもしれません。

すべての苦しみは「自己」から生まれるわけなので、自己にこだわる人ほどメンタルを壊しやすいと言われても驚きはないでしょう。実際、自分のことが気になって仕方がない思春期には精神的な不調に陥る人が多いのは周知の事実でしょう。

「自己」の役割

苦しみの原因が「自己」であるなら、なぜ「自己」が存在するのでしょうか?

「自己」とは何かを説明するなら

  • 自分が他者とは異なる存在であり、常に同じ人間であるという実感のこと
  • 「私は一貫した存在である」という感覚をもたらす概念

と言えるでしょう。

「自己」があることによって以下のような機能が生まれます。

  • 人生の記憶や性格の要約することで、「自分とは何か」という知識(自己スキーマ)を作り出す
  • 状況に応じて、自分を保存する(生き残る、子孫を残す)ために役立つと判断したものを自動的に選ぶ

これら「自己」の機能は社会という群れをなして生活する我々霊長類が生き残っていく上で有利に働いたと想像できます。

平常なときと激怒しているときでは考え方や判断が全く異なります。違う人格になると言ってもいいと思います。それでもどちらも同じ「自分」なんだと思わせる(信じ込ませる)ことが「自己」の役割と言えるかもしれません。集団で生活するには、序列関係や協力関係を作ることが必要になります。社会を形成するメンバー全員が、「自分は同一の存在だ」と信じていることで、行動に一貫性が備わり、序列や協力関係を築きやすくなります。

「責任」という概念も、「自己」という概念があって成り立つものだと思います。一時の激情で犯罪をおかした人が「あのときは別人だったんだ」と言っても通用しません。どちらも同一の「自己」をもった人間として責任を問われます。このように社会を形成する個々人が自分の言動に「責任」を持つことは、社会を保つために必要不可欠なことは言うまでもないでしょう。そしてそのために「自己」という概念が生まれる必要があったのだと考えられます。

「自己」は消える

「自己」は脳が生み出しています(脳が「自己」を生み出すメカニズムについても本書では説明されていますが、今回は割愛します)。そして「自己」は自分の存在が脅かされたときに出てくる脳の機能だと著者は言います。

逆に言うと、日常生活において「自己」が消えている状況は結構たくさんあります。何かに集中したり、リラックスしている場面では、自分の存在が脅かされることもありませんから、自分に意識が向くことはなく「自己」は消えているのです。「時が経つのを忘れる」という表現がありますが、そういった状況では自分のことも意識していないはずです。つまり自己意識は不変なものでも、常に存在するものでもないわけです。

苦しみを生み出す「自己」を消すことさえできれば、人生の悩みや生きづらさから抜け出すことができます。そして訓練によって自己を消すことは可能だと考えられています。仏教では「無我の境地」という言葉がありますが、修行によって「自己」を消すことを目指すわけです。本書で著者が伝えたいことは「自己」が消えた無の境地を目指すことのススメなのです。

実際に「自己」を消すにはどうしたらいいかについても本書では書かれていますが、今回は割愛します。結論だけ言うとマインドフルネス瞑想をすることが「自己」を消すために効果があります。マインドフルネス瞑想については以前書いたのでこちらの記事をご覧ください。

さいごに

今回は「無 -最高の状態- (鈴木祐)」を読んで、そのまとめとそこから得られた気付きを書いてみました。今回触れていない内容もたくさんありますので気になった方は本書を手に取ってみてください。

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