今日は物事に一喜一憂せずに心穏やかに暮らすために、期待することと予測することとの違いについて話をしようと思う。

予測と期待の違い

人間はついつい、いろんなことに期待をして生きているものなんだ。そして期待通りになれば喜び、期待と違う結果になれば嫌な気持ちになってしまう。期待することが心の浮き沈みを生み出しているとも言える。

予測と期待。どちらも似たような意味の言葉だけど、両者には大きな違いがあると父さんは思っている。それは「予測」が主に理性的な判断を指すのに対して、「期待」は理性的な判断以上に主観的な希望が混ざっているという点だ。むしろ何かを期待しているとき、主観的な希望のほうが大きくなって、客観的に考えたら起こる可能性が低いことを予測している場合も多いんじゃないかと思う。そのような予測は当然外れる可能性が高いから、結局、期待が裏切られて嫌な思いをすることになる。

期待ではなく予測をする

自分の思った通りにならかったとき、それにいつまでも囚われてしまうのは「期待」していたからだ。「こうなったらいいな」と思う期待が外れたとき、強いネガティブな感情に襲われ先に進めなくなる。こうならないためには、期待するのではなく、できるだけ主観的な希望を排除して、客観的に将来を予測することが大切なんだ。

どんなに客観的に将来を予測したとしても外れることは当然ある。でも予測が外れたら修正すればいい。そして修正した予測から、次の行動を起こす。それでまた予測が外れたら、また予測を変えて行動も変える。この繰り返しをしていけば、いつか必ずうまくいくはずだ。

ただ、うまくいってもそこで有頂天になるのではなく(それはポジティブな感情に囚われている状態だからね)、淡々と行動を続ける。そうするとまた状況が変わって予測が外れることが起こるだろう。でも、そうなったらまた予測を変えていけばいい。あとはこれまで言ったことの繰り返しだ。

「そんな人生楽しくないよ」と思うかもしれないけど、全く感情をもたないと言っているわけじゃない。成功すればその一瞬を楽しむ。失敗したら一瞬その苦しみを感じたあとはすぐに忘れて先に進む。こんなふうに一瞬一瞬を味わいながら生きていくことが、人生を心穏やかに暮らす秘訣だと父さんは思うよ。

「期待が外れる=悪い」ではない

自分の期待通りになったからといってそれがいい未来につながるとは限らない。逆に、期待と違う結果になったからといってその後の未来が暗いものになるとも限らない。人間の予測能力なんてたかが知れているから、「予測が当たった」「予測が外れた」ということと、将来の良し悪しとは関係ないんだ。

「思い通りになって、いい人生を送れた」
「思い通りにならなかったけど、いい人生を送れた」

どちらも正しい。違いは予測通りだったか、予測が外れたかの違いだけだ。

「思い通りにならなくて、いい人生を送れなかった」という人は、ネガティブな感情に囚われてしまって、そこから先に進めなくなってしまった人だろう。

思い通りになってもならなくても、満足のいく人生を歩める。
どう転んだって、立ち直ることができる。
転んだことで、むしろ強くなれたりする。
そう思っていれば、どんな道を辿っても「いい人生」を歩めるんだ。

サヤカとシュンにはこのことをぜひ覚えておいてほしい。

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