前回、人の精神が発達するのに5つの段階があるという話をしました。第4段階と第5段階は非常に抽象的で理解するのが難しい内容でしたが、それより下の第1~第3段階までは多くの人が理解できるのではないでしょうか。そして前回の文章を書いているとき、この第1~第3段階に関しては似たような話が他にもあるなと感じたので、今日はそれについて話をしたいと思います。

駱駝(ラクダ)、獅子、幼子

最初に紹介するのは哲学者ニーチェの考えです。ニーチェは著書『ツァラトゥストラはかく語りき』の中で人間の精神は「駱駝(ラクダ)、獅子、幼子」の順番に変化すると言っています。

第1段階の駱駝(ラクダ)とは、神(権力者)にひざまずき、重い荷を背負う、服従と勤勉の精神を指します。前回の話で第1段階は、親や立場が上の人が言うことに疑問を持たず、盲目的に従う状態だと言いましたが、ニーチェが言う駱駝というのはまさにそのような段階を指すのだと思います。

第2段階の獅子とは、自分の力を認識し、既存のルールを破壊したり、神(権力者)に反抗するようになる状態を指します。前回、セルフエンパワーメントという内容で、自分を高めていくことに目覚める段階になると言いましたが、ニーチェの言う獅子とはその段階を指すのだと思います。ちなみにニーチェというと「神は死んだ」という有名なフレーズを思い浮かべる人がいると思いますが、そのフレーズは『ツァラトゥストラはかく語りき』の中で主人公のツァラトゥストラが言ったものです。

第3段階の幼子とは、獅子としての破壊衝動も収まり、真っ白な気持ちで新しいもの(価値やルール)を生み出していく状態です。このとき重要なのが”遊び”の精神だと思います。以前、子供は遊びの天才だという話をしました。子供は、大人のように先入観を持たず、何事も真新(まっさら)な視点で世界を眺めるので、いろんなことに興味を持ったり、大人は思いつかないようなことをして、その瞬間瞬間を生きることを楽しむことができます。ニーチェの言う幼子というのは、まさにそのような状態を指しているのだと思います。

守破離

話は変わって、日本の茶道や武道などでよく言われる「守破離」という考え方について紹介します。

「守破離」とは

修行においてまずは師匠から教わった型を徹底的に「守る」ところから始まり、鍛錬ののち基本の型を身に付けた者は既存の型を「破る」ことができるようになる。さらに修行を重ねると、それまでにない自分独自の新しい型を開発し、師匠の型から「離れ」て、新しい流派が生まれる。

この「守破離」とニーチェの言う3つの精神段階はまさに対応しているように思えます。

ここで重要なのは、まずは既存のルールを学んでそれを忠実に守ることから始まるという点だと思います。基本の型を会得しないままにいきなり個性や独創性を求めるのは単なる独りよがりであって、新しい価値は創造できないというわけです。十八代目中村勘三郎も「型があるから型破り、型が無ければ形無し」と言っています。言い得て妙ですね。

さいごに

人間の精神にはこのような3段階の変化があることを、世の東西を問わず、同じようなことが述べられているというのは興味深く感じます。私も、少しでも新しい価値を生み出せるような存在になれたらいいなと思うところです。