前回に引き続き、歴史上の偉人の言葉から幸福について考えてみたいと思います。今日紹介するチャールズ・キングズリは19世紀イギリスの牧師であり学者でもあった人です。

チャールズ・キングズリ (Wikipediaより)

われわれは、安逸と贅沢が得られなければ人生の幸福はあり得ないと考えているが、実際に人を幸福にするものは、何か我を忘れて取り組める事柄を持つことである。

世の中にはひたすら社会的な地位や経済的な成功を追い求める人がいます。中には借金してまでブランド品や高級車などを購入する人や、SNSで今の自分がどんなに幸せかをアピールすることに躍起になっている人が多くいるように思います。

「自我」が強くなるのは、自分を防衛する必要があると脳が感じているときです。人が見栄を張りたくなるのも「自分はすごい」と周りに思ってもらうことで、自分自身を守ろうとする本能がはたらいているからです。でも、自分を守る必要があると無意識で思っている人が、幸せかといえばそんなはずはないのですよね。

  • 何かが足りないから、自分(=心)が気になる。
  • 逆に心が満たされたら、自分(=心)を意識しなくなる。

この対比は分かりやすいとともに面白いと思います。自分を強く意識するのは、不幸な状態であるというパラドックスがあるようです。

自分はありのままでいいという安心感に包まれているとき、自分のことは気になりません。そもそも「自分」という存在すら忘れている無我の境地になることが幸福だというのは、考えてみれば納得がいくことではないでしょうか。

そして、そういった無我の境地になるために、自分の人生をかけて取り組める事柄をもつことが大切だとキングズリは言います。それは仕事かもしれませんし、もっと大きな使命感のようなものかもしれません。私たちもそのような事柄を見つけたいものですね。