今日は歴史上の人物が残した言葉から、幸福について考えてみたいと思います。今日紹介するのは、17世紀フランスの貴族、ラ・ロシュフコーの言葉です。

成功と幸福とは異なる。成功とは一般的な世間の評価であり、質的ではなく量的に測られるものだ。具体的にいえば、富や名声、社会的地位を獲得するようなことだ。これに対して、幸福とはあくまでも個別的な自己認識であり、量的ではなく質的に捉えられるものだ。

成功と幸福とは異なるものであるから、両者の間に因果関係はない。つまり「成功すると幸福になれる」「成功しないと幸福にはなれない」というのはいずれも間違っている。成功しても不幸な人はいるし、成功しなくても幸福な人はいる。

われわれは、どちらかといえば、幸福になるためよりも幸福だと人に思わせるために、四苦八苦しているのである。

どうでしょうか?私もそうですが、社会的に成功すれば幸福になれると思いがちですが、それは違うとラ・ロシュフコーは言っています。また、インスタ映えという言葉があるように、多くの人はSNSなどでいかに自分が幸せかというアピールをすることに必死になっていますが、それは幸福ではないとも言っています。

成功と幸福の分類

成功と幸福の関係を以下のように表にする分かりやすいかもしれません。

幸福不幸
成功
(一握り)
AC
非成功
(大多数)
BD

社会的・経済的に成功した一握りの人(成功)とその他大勢の人(非成功)という分類と※、幸福/不幸の分類と掛け合わせたA~Dの4つの分類が出来上がります。

A~Dそれぞれに該当するのがどのような状況か考えると以下のような例が挙げられるのではないでしょうか。

  • A:お金持ちが贅沢をする。有名人が人々から称賛される。
  • B:家族団らん。友人との楽しいひと時。
  • C:見栄を張るために必要でもないものを買い、買い物依存症になったり、自己破産に陥ったりする。仕事で出世したが健康を損なったり、家族が崩壊してしまう。
  • D:貧困で生活に困窮している。

※ もちろん「成功」の定義は人それぞれで、どの人が成功していて、どの人が成功していないかをはっきり区別するのは難しいことです。ですが、ここでは話を簡単にするため世間一般で言われている、社会的に高い地位についている人や事業で成功して富を築いた人を「成功した人」と定義しています。

多くの人にとって幸福になるためカギはBを目指すことでしょう。Bに分類される幸福は、日々の生活のなかでの安らぎを感じるような、つつましい幸福であり、多くの人はすでに手にしているはずです。要はそれに気付けるかどうかです。

以前、幸福には、心身の健康に関するセロトニン的な幸福、人間関係に関するオキシトシン的な幸福、社会的・経済的な成功に関するドーパミン的な幸福の3種類の幸福があるという話をしました。それに当てはめると、Aはドーパミン的な幸福、Bはオキシトシン的な幸福と言えると思います。ドーパミン的な幸福を求めることは“悪”ではありませんが、オキシトシン的な幸福、さらにその土台となるセロトニン的な幸福が先になければ、どんなに成功しても幸福にはなれないということが重要な点です。

幸福になるための考え方

幸福になるための鍵は、自分が楽しいと思えるものを選んで行動することだと私は思っています。自分が楽しいと思えることのなかには、お金がかかることもあれば、かからないこともあるでしょう。お金がかからないことを選んでいけば、社会的・経済的な成功は必ずしも必要ないわけです。それに、たまの贅沢であれば、われわれ庶民でも手が届くでしょう。

そして、人生において何を選ぶか決める際、重要になる基準は他人からの評価を必要とするかどうかです。自分がやりたいと思っていることが、たとえ他の誰に知られることがなくてもやりたいのであれば是非やるべきです。たとえ、結果としてうまくいかなくてもその選択は人生を豊かにしてくれるはずです。それに対して、他人からすごいと思われたり評価されることがなければ「やりたい」という気持ちが下がるのであれば、それはただ見栄を張りたいだけの他人の目を気にした選択であって、幸福につながる選択ではないということになります。

さいごに

成功してもしなくても幸せであり、その上で面白そうだから成功も目指してみるというのが私のスタンスです。みなさんはどのように考えでしょうか。