動物と人間の大きな違いの1つは言葉を持っているかどうかだと言われます。人間は言葉を持ったために自分が感じていることや考えていることを表出し、相手に伝えることができるようになりました。動物にも心があるかどうかは哲学的な問いとして今でも結論がついていませんが、少なくとも人間と全く同じ心を持っているわけではないと思われます。その大きな理由が言語の有無です。つまり人間の心の進化に言葉がもたらした影響は計り知れないと言えます。私は特に哲学の専門家ではありませんが、哲学には昔から興味があり、書籍などは数多く読んできました。そんな私が素人目線で言語と心の関係について文章としてまとめてみたいと思います。

言語は世界を切り分けるもの

言葉とは何であるかについてはいくつかの考えがありますが、代表的なものは世の中にある実体に対するラベルという考え方でしょう。この世に存在するもの(物体だけでなく、行為や現象など)と1対1で対応するラベルの集合が言葉というわけです。

あるものに名前を付けるということは、それがそれ以外のものとは別のものだと認識されたということです。たとえば、「犬」という言葉を理解するためには、それが猫や他の動物とは違うということを認識しなければいけません。また体は頭や首、肩、腕などいくつかのパーツに分かれますが、それらはすべて1つの体としてつながっており、その境界は必ずしもはっきりしません1。あくまでも名前を付けることで体の一部を”切り取って“いるのです。このように、あるものに名前を付けるということは、その他のものから切り出す(切り分ける)ことに他ならないのです。

†1 解剖学的には境界がはっきり定義されているのかもしれませんが、解剖学を知らない人でも頭、首、肩、腕の違いは知っているはずです。つまり私たちは明確な定義によって体の部位の違いを認識しているわけではないのです。

文化と言葉

言語と文化は密接に関連しています。特に言葉による世界の切り分け方は、その言葉を使う人々の文化によって違います。つまり文化にとって重要なことは多様な切り分け方がある(多様な表現がある)ものです。

たとえば日本語では稲、米、ご飯、おにぎりなど主食のコメに関する言葉はたくさんあります。一方、英語では稲はrice plant、米はrice、ご飯はsteamed rice、おにぎりはrice ballと、基本的にすべて「rice」とそれを形容する語で表現されます。

逆に日本語では牛、牝牛(乳牛)、牡牛、牛肉などウシに関連する語は「牛」+形容語で表現されますが、英語ではそれぞれcattle、cow、ox、beefと違う単語で表現されます。

またフランス語では蝶を「昼のパピヨン(papillon de jour)」、蛾を「夜のパピヨン(papillon de nuit)」と呼び、蝶も蛾も「パピヨン(papillon)」という言葉で表現するというのも、よく知られている例かと思います。

このように言葉とは世界を切り分けるものであり、その切り分け方は文化によって異なるというわけです。

言葉はネットワークを形成している

言葉は体系立ったシステムです。たとえば名詞、動詞、形容詞、副詞など品詞によって区別されますし、名詞のなかでも動物に関連する語や身体に関連する語など、関連性がある語のグループとそうでない語のグループがあります。「近い言葉」と「遠い言葉」といった説明でもニュアンスは伝わるのではないでしょうか。

個々の言葉は脳の中で互いにネットワークとして貯蔵されていると考えられているのですが、そのことを簡単に示すことができます。

自由連想といって、頭に思いつく言葉を制限時間内にできるだけ多く答えてもらうという心理学の実験課題があります。思いついた言葉であれば何でもよく、答えてもらう言葉に特に制限はないのですが、実際にやってみると関連する言葉が連なって出てきます。

たとえば「犬、猫、像、動物園、遊園地、旅行、海外、アメリカ・・・」といった連想をする人はいますが、「犬、ロボット、小川、南アメリカ、夏目漱石、北極、給食、馬・・・」といった互いにあまり関連しない語を連想する人はあまりいないのです。

これは、ある語を想起すると脳の中でネットワークとして貯蔵されている関連語の記憶が活性化されて、思い出しやすくなるからだと考えられています。

言葉が高度な思考を可能にした

抽象的な説明になりますが、「思考とは何か」を説明と「頭のなかや紙上でシンボル(言葉やイメージなど)の組み合わせをいろいろと試すこと」だと説明できると思います。

言葉によって世の中のもの(物体や現象)を切り分けることによって、それらを独立した対象として扱うことができるようになります。そして人間は言葉によって切り分けた対象を組み合わせることで、様々な思考ができるようになりました。また言葉というシンボルを扱うことで、目の前にはないものを思考できるようにもなりました。

その結果、対象同士を組み合わせて新しいものを想像することが可能となりましたし、愛や神といった抽象的な概念を持つようになったと考えられます。たとえば馬+羽=ペガサス、馬の下半身+人間の上半身=ミノタウロスといったようにパーツを組み合わせて想像上の生物を生み出したわけです。このように人間は言葉が使えるようになることで、高度な思考が可能になったと考えられます。

さらに思考した内容を他者との間で共有できるようにもなりましたし、さらに時代を超えて文化の伝承も可能となりました。言葉をもたない生物は遺伝情報でしか、子孫に情報を伝えることはできませんが、人間は言葉を使って親から子、さらにその先の子孫へと情報を伝えることができるようになったのです。歴史的名著『利己的な遺伝子』で有名なリチャード・ドーキンスはこのように文化として代々伝わっていく情報を「遺伝子(gene)」になぞらえて「ミーム(meme)」と名付けました。

その2へ続く