サヤカ、シュン、今日は人の好みの変化について話をしようと思う。
年齢とともに好みは変わる

サヤカは幼稚園のころは「プリキュア」が大好きだったし、シュンは「きかんしゃトーマス」が大好きだった。ほかにもNHKの「おかあさんといっしょ」もよく見ていたよね。だけど、今はどれも見向きもしなくなった。ときどき父さんは子供向けのテレビ番組って本当によくできているなと思うんだけど、ある年齢層の子供が好きなことを熟知していて、そこをピンポイントでついてくる。だからこそ少し成長してその年齢層から外れてしまうと、途端に興味がなくなるんだろうと思う。
サヤカとシュンがもっと大きくなって中学生や高校生になるころには、今とは違うものが好きになっているだろうし、さらに二十歳を越えて社会人になった後や、三十代になったときにはまた別のものが好きになっているはずだ。父さんも中学、高校のときによく聞いていた音楽は今ではほとんど聞かなくなってしまった。昔は大好きだったゲームもやらなくなった。もちろんそれに代わって別のことに興味を持つようになったわけだけど、人生のある時期には大好きだったものが、時間とともに興味がなくなるということは大人になってからもあるものなんだ。だからといって昔(たとえば幼稚園のころ)見ていたテレビ番組の内容が“間違っていた”わけでもないし、その当時の”好き”という感情が偽りだったわけでもない。
年齢とともに好みや興味が変わるのは、知識が増えたり思考力が高くなることで単純なものや簡単なことをつまらないと感じるようになるのがその理由の1つだろう。他の理由としては、自分が置かれた立場や周りの人との関係性によって重要なものが変わってくることが挙げられると思う。中学や高校といった学生時代は恋愛や友達を一番大切だと感じる時期かもしれないし、20代になって社会に出たら出世や競争が重要になるかもしれない。結婚して家族を持てば家庭や子供のことが一番大切になるだろう。人生のそれぞれのステージで、重要なものが変化するから興味の対象も変化するんだ。
他人の成長を見守る

成長とは変化することだから、人間というのはある意味、一生成長を続けていると言ってもいい。誰もがその時点での成長段階で一番大切なものに興味を持って生きている。すでにその段階を過ぎて先に進んだ人は「なんでそんなことが好きなの?」「なんでそれが大事なの?」と思ってしまうことがあるかもしれない。特に大人は子供に対して力があることもあり、子供(特に自分の子供)のことを否定していまいがちだ。「そんなくだらない番組は見るな」とか「もっと役に立つことをしなさい」とかね。自分だって子供だったころは同じようなものが好きだったはずなのに、そんなことはきれいさっぱり忘れてしまっている。でも大人から見てどんなに幼稚なものに見えても、その成長段階にいる人にとってその興味は大切なものだし、むしろ必要なものなんじゃないかと思う。
どこか高い場所に上るために“はしご”が必要だ。でも、いったんのぼってしまったらもう必要なくなる。だからといって“はしご”の存在価値がなくなるわけじゃない。まだ下にいる人はその“はしご”を使って上にのぼってくる。“はしご”をのぼり終えたあとに、その“はしご”が必要ないものに思えたとしても、それはあなたにとっても他の人にとっても必要なものだったんだ。だから、すでに上にのぼった人が上の立場から、“はしご”をのぼっている子供に対して“はしご”を外そうとする(“はしご”の存在を否定する)のは間違っていると思う。相手が興味を持っているものがくだらないものに見えても、それに他人が口を出すべきじゃないと父さんは思っている。これは、以前に話した人間関係の原則「他人を変えることはできない」に通じることなんだ。
さいごに

興味というのは自然に沸き上がる感情で、自分の意志で生み出せるものじゃない。落ち込んだりうつ病などの精神的な病になると、どんなことにも興味を持てなくなる。だから何かに興味が湧くということ自体が素晴らしいことだと父さんは思うんだ。何歳になっても、そのときに面白いと思えることに熱中することが豊かな人生を生きることにつながると思う。それが「人生、楽しんだ者勝ち」という父さんのモットーでもあるんだ。
今日の話はこれでおしまい。じゃあ、またね。


