父さんのモットー(人生の格言)は「人生、楽しんだ者勝ち」だ。社会的な成功や経済的な成功をしたとしても、多くのストレスを抱えて生きるのは幸せじゃないだろう。生真面目な日本人は楽しむことに罪悪感をもつ人もいるけど、長い人生楽しまないともったいないと思うんだ。今日は人生を楽しむにはどうしたらいいかについて話をしようと思う。

他人の人生と比較しない

まず幸福な人生を送るためにやってはいけないことを話そう。それは他人の人生をうらやむことだ。年収、肩書、容姿など、常に自分より上の人はいる。そういった人を見ると、自然にうらやましいと思う気持ちが湧いてくる。それを止めるには、他人の人生と自分の人生を比較しないと決めることだ。

そもそも異なる人の間で「人生を比較できる」と思っているのが勘違いなんだ。たしかに、ある価値軸を想定して高いか低いかを決めることはできる。でもそれと幸福という主観は関係しない。たとえば年収なんかは分かりやすい例だろう(年収が低くても幸福を感じることができるし、年収が高くても幸福でない人もいる)。また価値の軸は無数にあって、それらすべてを同時に比較することは人間にはできない。それなのに1つの軸を恣意的に持ち出して優劣を比較しようとする。無数の価値の軸があり、さらに同じ価値軸でも違う主観的体験からなる人生”を比較することは決してできないんだから、自分の人生と他人の人生を比較するのは全く意味のないことなんだ(それに意味があると感じてしまうのが人間の性質なんだろうけど)。

無数にある価値軸のどれかで自分より上の人がいるのは当たり前のことだ。そして別の軸では別の人が自分よりも上にいる。だからどこまで行っても自分が“一番上”になれない。でもそれは他の人も同じで、すべての価値軸で一番になれる人なんていないんだ。他人との比較ばかりしていたら自分に自信が持てないし、一時的に誰かに対して優越感を持てたとしてもすぐに他の誰かに対して劣等感を感じてしまう。だから他人との比較は無意味であるだけでなく有害なんだ

簡単に見失ってしまうことだけど、誰もがその人固有の人生を生きている。そして誰の人生でも幸福を感じることができるようになっている。他人の人生と比較ばかりして自分の人生を生きていない人は、その用意されている幸せを逃してしまうことになる。だから、幸せになりたいなら、自分の人生を生きることだ。自分の人生を夢中に生きることが、最大限の幸福につながると父さんは思っている。

人生を楽しむために能力・スキルを磨く

以前も話したと思うけど、幸せとは自分が誰かから必要とされていると感じることであって、人生を楽しむとは誰かの役に立ちながら自分の得意なことをすることだと父さんは思っている。自分が得意なことをするのは多くの場合、楽しいからね。

他人から必要とされるためには自分に、他人にはない能力を持っていないといけない(厳密には“いけない”わけじゃないけど、持っていた方がいい)。そして他人にはない能力を身に付けるには、好きなことをやるのが一番だ。好きなことを突き詰めてやっていれば、他人より優れたスキルや能力が自然と身についてくるからね。誰かに勝つためではなく、自分が楽しいからやっている活動は、周りから見たらすごい努力に見えることでも難なくやることができる。そういった得意なことを突き詰めて、1つだけじゃなくいくつかの分野でそのような高い能力が身につけばかけがえのない人材”になれる。

たとえば100人に1人の人材になることを考えよう。学校の1学年200~300人とすると、100人に1人というのは学年トップ3に入るくらいのことだ。もしかしたら「無理!」「難しい!」と感じるかもしれないけど、決して不可能なことじゃないはずだ。得意な教科なら、いつもより勉強時間を増やして準備をすれば、次の定期試験で頑張ってトップ3に入ることはおそらく多くの人にとって達成可能なことだと思う。つまりここで言いたいことは、感覚としてそれくらいのレベルの努力をすれば100人に1人のレベルのスキルや能力は身に付けることができるということだ。

ある分野で100人に1人のレベルになれば、別の分野でもそのレベルになることを目指す。そして3つの分野でそういったレベルになれば、100分の1を3回掛け合わせて(1/100×1/100×1/100)100万人に1人のレベルになれる。このレベルになれば「あなたでないとダメ」だと言ってくれる“かけがえのない人材”になれる。例えば英語とプログラミングと数学が得意な人だったら、それぞれで能力を高めれば海外でGoogleやAppleといったIT企業でデータサイエンティストとして働くことができるかもしれないよ。

他人から必要とされる一番大きな活動といったら何と言っても仕事だ。仕事で使う時間は人生の大半を占める。仕事が楽しくなれば人生を楽しむこともできないと言っても過言じゃない。だから「仕事=遊び」となるような状態を目指すことが、人生の1つの理想の形なんじゃないかなと父さんは思っている。好きなことをやっていると、高いレベルの能力が身に付く。だから他人から必要とされ、幸福感を感じることができる。こういったプロセスを体感として理解できれば人生が遊びに似てくる。遊びとはそれをやること自体が楽しい行為のことだけど、遊びにおいては楽にクリアできるものではなく、挑戦しがいがあるものを楽しいと感じるはずだ。失敗しても、うまくやるために次はどうしようか考える。このとき「自分は頑張って努力している!」という辛い感覚や苦しみのようなネガティブな感情はなく、将来を向いたワクワク感があるはずだ。子供のころは誰もがこんな気持ちを経験したんじゃないかと思う。大人になってもそのワクワク感を持って好きなことをやっていれば、道は開けると父さんは思っている。そして、そういった「遊び心」とか「少年の心」と呼ばれるようなものを持ち続けることが幸せであることの1つの要素だと思う。

何でもいいからやってみる

好きなこと・やりたいことが見つからないなら、手当たり次第にやってみるといい。いろいろ経験するなかで自分に合っているものが見つかるはずだ。「興味があることはすべてやってみる」というくらいでいいと思う。実際にやってみて思っていたのと違ったなら、途中で止めて方向転換すればいい。

成功するには継続力が必要だから、成功した人はものすごく強い意志力の持ち主なのだろうと思うかもしれないけど、多分そうじゃない。堀江貴文さんも著書で書いているけど、成功というのは、やりたいことを手当たり次第にやって、そのなかでどれかがうまく続いたというケースが多いんじゃないかな。だから途中で止めてしまうことに罪悪感なんて感じる必要はないんだ。

何かに夢中になっている人を見て「あんなことして何の意味があるの?」と茶化したり、批判したりする人が出てくるかもしれない。ドリームキラーと呼ばれる人たちだ。でも何かを夢中でやっている人のほうが絶対的に幸福な人生を歩んでいると断言できる。それに対して、誰かの批判ばかりをして自分の人生に夢中になれない人は不幸なんだろう。自分が夢中になっているなら、周囲の雑音なんか無視すればいい。他人は他人の人生を生きている。自分は自分の人生に集中すればいいんだ。

今日の話はこれでおしまい。じゃあ、またね。


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