サヤカ、シュン、「かわいい子供には旅をさせよ」という諺があるけど、これは一人で旅をするなかでいろいろな試練に遭遇し、それを乗り越えることで子供が大きく成長することを意味したものだ。似たことわざに「若い時の苦労は買ってでもせよ」というのもあるよね。これも多くの苦労をすることで成長できるから積極的に大変なことをしろという意味だ。一方で人間はできるだけ楽をしたいと考えてしまうものだから、なかなか自ら苦労しようというのは自然の摂理に反しているように思えるよね。でも今日は、苦労することで成長すること以外にも得られるメリットがあるという話をしようと思う。

大変さの基準点

何かやらないといけないことがあったり、目標を立てるとき、それを成し遂げるのがどれだけ大変かを脳は自動的に見積もっている。脳が「それをやるのは大変だ」と判断すればやる気が出ないし、「大したことない」と判断すれば行動に移すことができる。このように何かをする際、脳が‟大変かどうか”を判断する基準を「大変さの基準点」と呼ぶことにしよう。

この「大変さの基準点」は人によって違うんだ。同じことでも「こんなの無理」と感じる人もいれば、「全然余裕」と感じる人もいる。もちろんその人の能力や得手・不得手によるところは大きいんだけど、同じ人でも経験によって「大変さの基準点」は変わってくる。

この「大変さの基準点」が高ければ、多くのことに対して「できそうだ」「大したことない」と脳が判断するから様々なことに挑戦していける。逆に基準点が低ければ、何もかも「大変そうだ」「無理だろう」と感じてしまうから何事にも尻込みしてしまって、挑戦することができない。以前にも話したけど、たとえ失敗したとしても挑戦を繰り返していけば、経験や学びを得ることができて成長できるから将来成功する可能性が高まる。だから「大変だ」と感じる閾値が高いこと、つまり「大変さの基準点」は高いほうがいいんだ。

これをものの価格で例えてみよう。たとえばある商品を見て、その価値を知らない人が「500円くらいだろう」と予想していた場合、実際の価格が5000円もすると知ったら「こんな高いものはいらない」と思うだろう。それに対して、その価値を分かっていて、場合によっては1万円くらいで取引されるものだと知っている人なら、5000円という値段を安いと感じるだろう。このように同じものであっても、その人が期待していた値段によって高いと感じることもあれば安いと感じることもあるわけだ。

このように期待値の違いによって感じ方が変わるのは、考えてみれば当然のことだと理解できると思う。こういった期待値は値段だけじゃなく、必要となる努力の大きさ(苦労の大きさ)にも当てはまる。「大変さの基準点」と言っているのは、努力の大きさに対する期待値のことだ。

苦労の経験は基準点を高くする

ボクシングの元世界王者、内藤大助さんは子供のころ壮絶ないじめを受けていて、いじめていた奴らを見返すためにボクシングを始めたそうだ。内藤さんはこう言っている。

ボクシングの練習がつらいときは「いじめに比べたら大したことない」って考え、マイナスの体験をプラスに変えてきた。

このようにとても辛い体験をした人は、世の中の多くの出来事は「(辛かった出来事に比べたら)それほど大したことない」と感じるようになる。じつは今日の話で伝えたかった苦労することのメリットは「大変さの基準点」が高くなるということなんだ。

さっきも言ったけど、基準点が高ければ、多くのことに挑戦していけるから、その人の成長の伸び幅は大きくなる。苦しみを乗り越え、小さな成功体験を積み重ねることで人は成長し、自分に自信を持つことができるようになる。苦労とともに「大変さの基準点」は高くなり、自信と成長も獲得できるから、次第に人生が好転してくる。逆に、あまり苦労してこなかった人や苦労を避けてきた人は、挑戦して成長する機会も少ないから、年を取るにつれて人生が大変になっていくだろう。若いうちは失敗してもリカバリーができるから、できるだけ若いうちにいろんなことに挑戦して、成功と失敗を体験しておくことが大切だ。これが「若い時の苦労は買ってでもせよ」の真意だよ。

苦労の経験以外に基準点を高くするもの

「大変さの基準点」は苦労した経験によって高くなると説明したけど、それ以外にも基準点を高めるものがある。それは周りにいる人のレベルだ。

周りにすごい人がいると「あの人のようになりたい」憧れを抱いたりする。心理学でロールモデルと呼ばれるものだ。身近な人でなくとも、有名人やスポーツ選手など憧れの対象がいれば、その人の行動や考え方を手本として、自然と高い基準を持つことができるようになるわけだ。

また基準点の高さは何を「普通」と感じるかを決める要因だけど、これは周りの人のレベル(態度や考え方)によって影響される。たとえば進学校に通っている生徒は大学に行くのが「普通」と感じるだろう。でも大学に行かない生徒が多い高校の生徒であれば、卒業後すぐに就職するか専門学校に行くのが「普通」と思っているはずだ。このように「普通」の基準は、その人自身の経験だけでなく、周りにいる人のレベルによって大きく影響されるんだ。別の言い方をすると、環境によって物事に対する態度や姿勢、考え方が変わってくるから、どのような環境に身を置いて誰と付き合うかはとても大切だ。

苦労は人生を豊かにする

誰かが「人生は喜怒哀楽の総和で決まる」と言っていたけど、本当にそうだと思う。多くの人はうれしいことや楽しいことなどポジティブなことだけが人生の充実度を決めると思っているかもしれないけど、本当はそうではなく苦しみや哀しみ、怒りやつらさといったネガティブなことも全て含めて人生は充実していくと父さんは思う。つらい出来事の真っ只中にいるときはその苦しみから一刻も早く逃れたいと思うだろうけど、そういったつらい経験はあとから振り返ると良い思い出として残るという経験がある人は多いんじゃないかな。もし苦しいことや不安に直面したら、「人生を充実させる機会を得たのだ」と思えれば、生きる勇気が湧いてくるだろう。

まとめ

大きな苦労をした人、人生の底を知っている人は、ちょっとやそっとの失敗には負けない強さを持つようになれる。「あのときの苦労に比べたら今はそうでもない」と思えるようになることで、“あきらめない心”という精神的な強さ、粘り強さが生まれる。苦しみは決して無駄なことではなく、強くなるために必要なものだと父さんは思う。つまり苦労した人は強いんだ。それにさっきも言ったように、苦しみを経験することは人生を豊かにするために必要なことだと思う。「苦しい人生」は「実りある人生」の通過点だと言えるかもしれないね。

今日の話はこれでおしまい。じゃあ、またね。