サヤカ、シュン、今日は他人のことが羨ましく感じた時にどう考えればいいかについて話をしようと思う。お金持ちや頭がいい人、容姿が優れている人、能力が高い人などを見て、うらやましいと感じることがあるかもしれない。そういった気持ちが湧くのは自然な感情だと思う。でも、その感情に囚われてしまうのは決して幸福なことじゃないし、「どうして自分はダメなんだ」と自己否定に陥って悩みや苦しみを感じるのは違うと思うんだ。「隣の芝は青い」という諺があるように、自分にないものを持っている人は実際以上に良く見えてしまうかもしれないけど、それは偏った情報と不適切な判断によるものなんだ。他人のことがよく見えてしまう理由はいくつかある。それを1つずつ説明していこう。

1.他人は良い部分しか周りに見せない

今は誰もがSNSで情報発信をする時代になった。SNSで目にする出来事は「投稿者が見せたいこと」だけだ。子供が何かの賞をもらいましたとか、旅行で海外のどこそこへ行きましたとか、SNSに投稿される記事のほとんどは投稿者にとって良かったことだから、結果としてSNSの世界は一種の自慢大会のようになっている。親しい家族であればうれしい近況報告だけど、SNSではそれほど密な付き合いをしていない人ともつながっているから、知りたくもない‟自慢話”に目にすることになる。でも少し考えれば分かることだけど、誰の人生にも障害物があって、つまずきや失敗をして、ネガティブな感情を経験しているはずだ。でもSNSではその痕跡を見せることはない。言わばSNSでは他人の人生のハイライトだけを見ていることになる。

SNSに限らず、誰でも「いい部分」は外に見せて、失敗や苦労など「悪い部分」は隠すものだ。でも裏では表からは見えない苦しみがあるかもしれない。高級車を乗り回している人が裏でローンに追われているかもしれないし、高い社会的地位についている人が大きなプレッシャーで苦しんでいるかもしない。このように相手のいいところは目立つのに対して悪いところは見えにくいものだということを認識しておくことだ。

2.自分については良いことも悪いことも全て分かっている

他人とは違い、自分に関しては当然、良かったことも悪かったことも全て知っている。自分に関する情報はすべて分かるのに対して、他人のことはむしろ分かることのほうが限られているというように、自分と他人で知りえる情報に偏りがある。これも当然のことなんだけど、他人のことが羨ましく感じられるときには忘れがちだから注意が必要だ。

他人のことを羨ましく思うときは、相手の良いところ(持っているもの)と自分の悪いところ(持っていないもの)を比較しているものだ。他人の名場面集と自分のNG集を比べたら他人の人生が羨ましくなるのも当然だ。でもそれは不適切な比較をしているんだということに気付いてほしい。

3.自分の欠点は必要以上に気になる

自分の欠点は日ごろから気になるので、すぐそこに注意が向いてしまう。行動経済学という学問で、人間の心理には損失嫌悪(loss aversion)と呼ばれるものがあることが知られている。同じ額の利得と損失では、損失の方を重大な問題と感じてしまう傾向があるというもので、1000円もらう嬉しさより1000円失う痛みを避けたいと強く思う傾向があるということだ。このように損得に対する認知にはバイアス(偏り)があって、ネガティブなものをより重大なことだと判断する傾向がある。自分の欠点や自分に足らない部分を必要以上に気にしてしまうということも覚えておいてほしい。

4.自分の良い点には気づきにくい

自分の良いところや、すでに持っているものは、それが“当たり前”になっているから、その価値を感じにくいのも「隣の芝生は青く見える」理由の1つだろう。たとえば、これまで大きな病気をしたことがない人は健康であることを「当たり前」と感じているため、病気になるまで健康のありがたみが分からなかったりする。他にも、自分にとって得意で簡単にできることは、他の人にもできるだろうと思ってしまうから、それができることを高く評価できないということはよくある。でも人には得手不得手があって、自分が得意としていることを苦手に感じる人もいるはずだ。このように、本当はとても価値のあるものなのに、それを持っていることに対して改めて“恵まれている‟と感じることができない。つまり自分のよいところを正当に評価できていないわけだ。

5.富や社会的な成功を「幸せ」と混同している

キャリア、名声、お金など社会的成功や経済的成功は、幸せの同義語だと思われがちだけど、それらは同じではない。富と名声を手に入れても、必ずしも幸せになれるわけではないんだ。富を見せびらかすこと、うらやましがられることで優越感を感じることができるかもしれないけど、それは一時的なものに過ぎないし、そもそもそれは幸福とは違うと思うんだ。他人から賞賛して、認めてもらわないといけないと感じられないような見せかけの「幸福」を追い求めることは、他人の奴隷‟になるようなもので、やるべきことではないと思う。

抽象的なものだからうまく説明するのが難しいけど、本当の幸福とは他人からの華々しい賞賛など必要とはしない、もっと穏やかで、長続きする心の静寂のようなものなんだ。陳腐な説明になるけど、童話「青い鳥」にあるように、本当の幸せとは探し求めなくても、何かを特別なものを手に入れなくても、すでに身近にあるようなもので、それに気付けるかどうかだと父さんは思っている。

まとめ

他人は自分が見せたい部分だけを周りに見せるから、他人については良いところだけが見えて悪いところは見えない。それに対して、自分については良い部分は過小評価して、悪い部分は過大評価してしまう。そういった情報・認識の非対称性が「隣の芝は青く見える」現象を生んでいるんだと思う。つまり、他人の状況が自分の現状よりもよく見えたとしても、それは客観的な判断ではないということだ。

そもそも誰もが他人とは違う価値観で生きている。だから自分とは全く違う道を歩いている人と自分を比べるのはそもそも間違っているんだ。成功の定義は人それぞれでたくさんある。自分に一番合ったやり方で自分の人生を生きけばいい。

「隣の芝は青く見える」現象に陥って他人を羨ましく感じたときは、まずは自分の持っているものに目を向けて、それを正しく評価してみてほしい。きっと今の自分にも恵まれたところがあるはずだ。そして以前話した「人生の価値観マップ」で作った自分の価値観を思い出して、他人との比較ではない、自分の幸せを目指してほしいと思う。

今日の話はこれでおしまい。じゃあ、またね。