サヤカ、シュン、今日はこの動画を参考にさせてもらって、人生の教訓についての話をしようと思う。タルムードというユダヤ教の信者に読み継がれている書物に載っている物語に関する話で、父さんもこの動画で初めて知った物語なんだけど、とてもいい教えだと思ったんだ。

まずは物語のあらすじを話そう。

というお話だ。「あるラバイの最悪で最良の一日」という物語らしい。ラバイというのはユダヤ教の神父さんのことだ。

まず最悪な出来事として、ランプがつかなくて聖書が読めなかったということが起こる。「一日聖書が読めないくらい大したことないじゃん」と思うかもしれないけど、神父さんにしたら聖書を毎日読むというのはとても重要なことなんだ。サヤカとシュンも毎日楽しみにしているゲームができなかったらがっかりするだろう?神父さんにとって聖書が読めないというのはそれ以上にがっかりする出来事だったと思うよ。

つぎに犬が毒虫にかまれて死んでしまうということが起こる。犬が死んでしまうくらいだから、人間がかまれてもタダでは済まないだろう。そんな毒虫が納屋の中にいると考えたら、おそろしくて夜も眠れなかっただろう。

さらに羊がオオカミに殺されてしまう。神父さんは羊の乳を食料にしていただろうから、羊がいなくなると食事にも困るようになる。しかも近くにはオオカミがいるのだから、絶体絶命の最悪の状態と言ってもいい。

このように1日のうちに次々と最悪の出来事が起こったわけだけど、翌日、このような事があったからこそ自分の命が救われたということに気づくんだ。この話の教訓は、何か悪いことが起こった時、「今起きていることはもっと悪いことの“防波堤”かもしれない」ということだ。聖書が読めない、犬や羊が死ぬという悪い出来事が起こることによって、自分の命が失われるというもっと悪い出来事を防いでくれたわけだからね。どんなに災難が降りかかってきても希望を見失ってはいけない。最悪だと思えることは、いつか最良のことにつながると信じることが生きていく上で大切なんだという教訓だ。

人生塞翁が馬

似たような内容の話に「人生塞翁が馬」っていうのがある。これはサヤカとシュンも学校で習ったんじゃないかな。人生の幸不幸は予測できないものだというたとえで、元の話は、中国の古い書物「淮南子(えなんじ)」に書かれているそうだ。

知っているだろうけど、あらすじを引用するね。

悪いことの後には良いことが起こるというのは、今日紹介したタルムードの話と共通する教訓だよね。父さんはこの話はとても好きで、嫌なことが起こった時も「これがいいことにつながるんだ」と自分に言い聞かせて頑張ったり、良いことが起こった時も浮かれずに気を引き締めて行こうと思うようにしている。

何が起こるか分からない人生を前向きに生きていく

生きていたら、最悪と思える出来事が必ず起こる。人間は目に見えるものでしか今の状況を理解しようとしないから、そんなときは最悪の気分になる。そもそも、将来のことや、別の場所で起こっていることは知りようがないから当然のことだけどね。

でも今この瞬間、最悪と思える出来事でも、その出来事の意味は確定していない。むしろ、人知の及ばないところで、もっと悪い自体から救われているかもしれない。こう考えることで

  • 目の前の不幸を嘆き
  • 活力を失い、無気力になる
  • 行動しないからまた不幸に襲われる

という負のループから抜け出すことができる。

関連する内容の言葉で、父さんが好きな言葉に「起こっていることはすべて正しい」や「置かれた場所で咲きなさい」というものがある。人生で起こる出来事は、今の自分にとって必要なこと、”人生の試練”であって、それを乗り越えることでよりよい人生が開ける。今の状況に不平不満を言うのではなく、できることをやっていきなさいといったことだ。何か嫌なことが起こると「あいつが悪い」とか「社会が悪い」とか不平不満ばかりを言っている人が多いけど、そのような人は結局前に進むことができないから自分が損をする。サヤカとシュンにはそんな人間にはなってもらいたくないと思っている。

このブログを書き始めたきっかけになったランディ・パウシュの「最後の授業」でも言われているけど、人生でつまづくことが起こったとき、その人の人生に対する本気度や生きる姿勢が問われているんだ。

レンガの壁がそこにあるのは、それを真剣に望んでいない人たちを止めるためだ。自分以外の人たちを押しとどめるためにある。

レンガの壁がそこにあるのには、理由がある。自分が何かをどんなに真剣に望んでいるか、証明するチャンスを与えているのだ。

どんなに悪いことが起こっても前向きに生きていくことが大切ということ、今起こっていることの意味は未来の結果でいかようにも変わるということが分かってくれたらいいなと思っています。

今日の話はこれでおしまい。じゃあ、またね。